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映画「関ヶ原」秀吉の好物・割がゆを食べた理由は?料理や食事シーンについても

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映画「関ヶ原」は木村拓哉×二宮和也主演で話題にもなった「検察側の罪人」の原田眞人監督が司馬遼太郎原作の歴史小説「関ヶ原」を映画化した作品です。

あまりにも難解で歴史が頭に入っていない人には何を話しているのかも聞き取りづらい初見殺しな作品ですが、噛み砕いていけば楽しめる作品になっています。

今回は関ヶ原の戦いを目前にした夜に割がゆを食べた理由について。

また映画「関ヶ原」に登場した料理についてもご紹介します。

映画「関ヶ原」秀吉の好物・割がゆを三成が食べた理由は?

映画「関ヶ原」で関ヶ原の戦いの前夜に大谷刑部(大場泰正)のもとを訪れた石田三成(岡田准一)が豊臣秀吉(滝藤賢一)の好物だった「割がゆ」を食べたのはどういった理由でしょうか?

割がゆとは?調理方法について

通常のおかゆと同じく米を水を多めにして塩を入れて炊き出したものです。

違いは「割がゆ(わりがゆ)」の言葉通りで、米を細かくなるように臼をつかってすりつぶしていることです。

そのため、通常のおかゆ以上に消化されやすい体に優しい食べ物です。

豊臣秀吉(滝藤賢一)の好物だったそうです。

秀吉の好物が割がゆだった理由は?

豊臣秀吉(滝藤賢一)といえば、百姓の子供から天下人まで成り上がった人物です。

黄金の茶室など派手で豪華で贅沢を好んだ人物と思いがちですが、食事の好物に限ってはそうではなかったようです。

家臣たちにも「貧しくて腹を空かせていた時代に食べた麦飯が一番おいしかった」と語るほどだったようです。

割がゆは消化に良いので長寿のために好物として食べていたとも言えます。

また、白米が食べられるようになった身分だけれども、少しのお米を美味しく腹いっぱいになるまで食べられる方法として割がゆを好物にしたと考えられます。

大谷刑部が三成に割がゆを食べさせた理由は?

映画「関ヶ原」の終盤で石田三成(岡田准一)は関ヶ原の戦いの前夜、大谷刑部(大場泰正)の陣のある山中村を訪れます。

情報収集や協力者のために動き回っていて1日何も食べられずに空腹だった石田三成(岡田准一)は大谷刑部(大場泰正)の作った割がゆを食べることにします。

 

すぐに大谷刑部(大場泰正)は割がゆに関する思い出話を語り始めます。

豊臣秀吉(滝藤賢一)が野遊び(狩猟)をしていたときに、急に割がゆが食べたいと言い出します。

臼がないから作れないとは口が裂けても言えない以上、なんとか米を小さく割るためにと石田三成(岡田准一)と大谷刑部(大場泰正)らは脇差を使って三合の米を必死に刻んだと笑いながら話します。

大谷刑部(大場泰正)が割がゆを用意していた理由は、もしかするともう会えないかもしれない石田三成(岡田准一)との二人の思い出を語り合いたかったこと。

そして、これからはじまる関ヶ原の戦いはその豊臣秀吉(滝藤賢一)の威信をかけた戦いであることを噛みしめるためです。

映画「関ヶ原」秀吉の好物・割がゆを食べた理由は?料理や食事シーンについても

映画「関ヶ原」料理や食事シーンについて

映画「関ヶ原」には大谷刑部(大場泰正)が振る舞った割がゆの他にもいくつかの陣中食などの料理が登場します。

どういった料理が出てくるのか、食事シーンとともにご紹介します。

割がゆ(大谷刑部が石田三成に振る舞う)

映画「関ヶ原」では豊臣秀吉が野遊びに行った際に割がゆが食べたくなり、付き従った家臣たちで米を脇差で割ったということになっています。

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このほかの説としては次のようなものがあります。

豊臣秀吉が高野山での法要を終えたあとに割がゆが食べたくなり、住職に作るよう命じます。

ところが高野山には米臼がなく、住職は寺に通う小僧たちに命じて包丁で米を2つに割らせたそうです。

三献茶(佐吉が豊臣秀吉に振る舞う)

映画「関ヶ原」の序盤で登場します。

石田三成(岡田准一)の幼少期に佐吉として寺の小姓をしていたときに現れた豊臣秀吉(滝藤賢一)に三種類の温度と量の茶を振る舞ったものです。

この行いとその後の問答を気に入った豊臣秀吉(滝藤賢一)は石田三成(岡田准一)を家来として迎え入れます。

芋がら縄(島左近らが合戦の準備として調理)

映画「関ヶ原」の中盤ごろに登場します。

豊臣秀吉(滝藤賢一)の死期が近づくにつれて、徳川家康(役所広司)は自身に味方するものを増やすことを隠さぬようになっていきます。

石田三成(岡田准一)は豊臣家の繁栄を願っており、徳川家康(役所広司)が上に立とうと準備していることに我慢できずに対立が加速していきます。

 

そんな最中に島左近(平岳大)や八十島助左衛門(堀部圭亮)らが陣中食として用意しているのが「芋がら縄」です。

里芋の茎を縄のように編み込み味噌で煮込んだもので、縄の形状をしているために腰に巻き付けたり縄としても使えます。

味付けもされている食べ物なので、刻んで水につけて混ぜると味噌汁の具としても仕える優れものです。

南蛮柿・イチジク(赤坂岡山へ向かう徳川家康に松平忠吉が渡す)

映画「関ヶ原」で関ヶ原へと向かう行列が松平忠吉らの前で止まり、籠から降りた徳川家康(役所広司)に兵力や石田三成(岡田准一)の動向について伝えます。

その際に松平忠吉が徳川家康(役所広司)の好物だといい、差し出すのが南蛮柿(イチジク)です。

焼おにぎり(徳川家康らが杭瀬川の戦いを見ながら食べる)

映画「関ヶ原」の終盤で江戸からやってきた徳川家康が関ヶ原までの中継地で大垣城を臨みながら昼食を食べています。

金吾中納言(小早川秀秋)の動きについて話をしており、大谷刑部(大場泰正)と同じく東軍側でも小早川秀秋(東出昌大)の動きは警戒されているようです。

このときすでに小早川秀秋(東出昌大)の配下の者は買収されており、不審な動きをしたら殺すように手筈は整っていたことも分かります。

その後、鉄砲の音を聞きつけて大垣城の方で島左近(平岳大)らによる杭瀬川の戦いがはじまるのを聞きつけるや、見物しながら食べるために「飯をこっちへ持ってこい」と告げています。

杭瀬川の戦いを見物しながら食べている茶色いものはおそらくおにぎりでしょう。

中身が黒くなっているのが気になりますが饅頭とは考えにくいので、好物の八丁味噌ではないかと思います。

まとめ

・映画「関ヶ原」秀吉の好物・割がゆを三成が食べた理由は?

大谷刑部(大場泰正)が割がゆを用意していた理由は、もしかするともう会えないかもしれない石田三成(岡田准一)との二人の思い出を語り合いたかったこと。

そして、これからはじまる関ヶ原の戦いはその豊臣秀吉(滝藤賢一)の威信をかけた戦いであることを噛みしめるためです。

・映画「関ヶ原」料理や食事シーンについて

割がゆ(大谷刑部が石田三成に振る舞う)

三献茶(石田三成・佐吉が豊臣秀吉に振る舞う)

芋がら縄(島左近らが合戦の準備として調理)

南蛮柿・イチジク(赤坂岡山へ向かう徳川家康に松平忠吉が渡す)

おにぎり(徳川家康らが杭瀬川の戦いを見ながら食べる)

 

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シゲゾウ
アラサーのエンタメ好き兄ちゃんデス。 教育関連の仕事に就いています。 エンターテイメントを肌で体感してあなたに新鮮な感動と興奮する情報をお届けします!!! やってみなきゃ分からない!をモットーに何にでも前のめりで挑戦していきます!!