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映画「万引き家族」子供のラストとセリフの意味は?最後・その後の様子についても解説

是枝裕和監督の映画「万引き家族」は第71回カンヌ国際映画祭・コンペティション部門でパルム・ドール賞を受賞したことで、その後日本国内でも一気に知名度が上がり、数々の映画賞を総なめした作品です。

今回は映画「万引き家族」のラストシーン・最後で2人の子供、祥太と凛のセリフの意味は何か?

最後やその後の様子について解説します。




映画「万引き家族」子供のラスト・最後とセリフの意味は?

映画「万引き家族」でラストシーン・最後の子供のセリフは何だったのか?見ていきましょう。

映画「万引き家族」の仮題「声を出して呼んで」とラストの意味は?

映画「万引き家族」のラストシーン・最後の2人の子供のセリフは何だったのか、その意味を考えようと思ったときにヒントとなるのは、仮題です。

映画「万引き家族」は最初の映画のタイトルは「声を出して呼んで」というものでした。

主人公である柴田治(リリー・フランキー)の欠落・偏重した家族への執着として子供たちから「お父さん」や「お母さん」と呼んでほしいと願い続けるさまが重点的に描かれていたそうです。

つまりこれが祥太や凛が最後に言った聞き取れなかったセリフです。

細かく見ていきましょう。

映画「万引き家族」ラスト最後で祥太のバスのセリフは何?




柴田治(リリー・フランキー)たちの偽家族が解散され、子供たちももとの生活や新しい暮らしに帰されていきました。

刑務所にいる柴田信代(安藤サクラ)が柴田治(リリー・フランキー)に頼んで、祥太を面会に呼び寄せ、祥太の本当の家族につながる情報の話をします。

その後施設へと帰る前に、柴田治(リリー・フランキー)の家に祥太は一晩泊まっていく事になります。

同じ布団で背中を合わせて寝ていたときに、家族崩壊の一因ともなった柴田治(リリー・フランキー)が祥太を置いて逃げてしまった意味を質問をします。

柴田治(リリー・フランキー)は祥太たちに家族であることを望んできました。

偽物で血も繋がらない家族ごっこでしかないけれど、「お父さん」や「お母さん」と呼ばれることを夢見てきました。

それなのに一番肝心なときに父親らしく振る舞ってくれなかったのはどういう意味なのか?と。

 

柴田治(リリー・フランキー)は父親になりきれなかった自分を認め、「おじさんに戻る」と白状します。

次の日、施設へと帰る事になった祥太をバス停へと向かいます。

別れ際に翔太は「自分はわざと捕まった」と告げてバスに乗り込み、発車します。

柴田治(リリー・フランキー)が追いかける中、車内から祥太は何かを言葉を発します。

 

必死に追いかけ、祥太の名を叫ぶ柴田治(リリー・フランキー)ですがバスはそのまま走り去っていきます。

柴田治(リリー・フランキー)が「祥太」と答えていることや、仮題が「声を出して呼んで」であり、父親として子供に認められることを渇望していたことを踏まえると、祥太は「お父さん」や「父ちゃん」といった言葉を発したことがわかります。

 

柴田治(リリー・フランキー)が昨夜、「おじさんに戻る」と宣言したにもかかわらず、父親と認めることを許せた理由としては祥太の成長が挙げられます。

次のようなツイートがありました。

祥太はすでに警察からの事情聴取の段階で、柴田治(リリー・フランキー)が本当の父親らしく振る舞ってくれなかった事実を理解しており、問いただせばどのような答えが帰ってくるのかは覚悟ができていました。

改めて柴田治(リリー・フランキー)の口から父親として振る舞えなかった小ささを告白され、祥太はそれを許すことができたのだと言えます。

 

残酷な言い方をすれば、「家族ごっこに付き合ってあげた」ということです。

そして柴田治(リリー・フランキー)はその意味を履き違えたまま、もしかするとやり直せるかも?と思っているところに幼稚さが現れています。

映画「万引き家族」ラスト最後で凛(じゅり)のセリフや意味は?

バス停での柴田治(リリー・フランキー)と祥太の別れのシーンのあと、場面は切り替わり柴田凛(本名:北条じゅり)が写されます。

家族の解散後、実の両親の元に帰され再び虐待の被害を受けていました。

映画「万引き家族」の序盤で柴田治(リリー・フランキー)と祥太が発見した時のように外の廊下でひとり遊んでいたところ、何かに気づいたかのように身を乗り出して凝視して口元が動きます。

直前の祥太との連続性で言えば、柴田治(リリー・フランキー)が現れたことに反応して「お父さん」と発したと考えられます。

「家族だった誰か」を呼ぼうとしたことは確かですが、誰なのか?までは不明です。

映画「万引き家族」子供の最後・その後の様子を解説・考察!

映画「万引き家族」の祥太、凛(じゅり)、亜紀の3人の子供達の最後やその後の様子について解説・考察していきます。

祥太の最後・その後の様子を解説・考察

家族の崩壊後、施設に入ることになった祥太は他の家族たちとは異なり、学校では成績優秀で釣りの知識を身につけるなど一見して明るい未来を迎えることができています。

その後、柴田信代(安藤サクラ)の要求から刑務所の面会に柴田治(リリー・フランキー)とともに向かい、一晩を柴田治(リリー・フランキー)と過ごす際に独白を聞くとともにその幼稚な父性を許すまでに成長しています。

バス停での別れ際で「わざと捕まった」という一言を残し、バスの中から柴田治(リリー・フランキー)の名を呼びます。

 

映画「万引き家族」を柴田祥太が主人公だという視点で眺めると、ただの家族が崩壊していっただけの話ではなく柴田祥太の成長物語としての姿が現れます。

柴田祥太は偽物の家族に対する違和感を抱いていたため、わざと捕まるという試練を家族に与えます。

柴田治(リリー・フランキー)は柴田祥太の仕掛けた通過儀礼を乗り越えることができなかったために、父親であることを諦めてただのおじさんになりました。

そうした柴田治(リリー・フランキー)のもろさ・弱さを受け入れて許すことによって柴田祥太は大人としての成長をすることができました。

また、柴田治(リリー・フランキー)たちと作った家族は本物の家族とは言えなかったものの、システムとして「戸籍や血縁の繋がりが家族ということではない」ということを理解しています。

だからこそ、施設に入った柴田祥太は荒れた生活になるのではなく、環境を受け入れて適応し、学業にも熱心に取り組み、遊びにも熱中することができています。

柴田祥太は釣り好きであり、柴田治(リリー・フランキー)との思い出も共有しています。

柴田治(リリー・フランキー)を許すことができていない柴田祥太であれば、遊びとして釣りに取り組むという選択肢はあり得ません。

 

他の家族は崩壊の一途を辿っている中で柴田祥太だけが救われていく理由として考えられるのは、「唯一、家族になることを自発的に望んでいなかった存在だった」ことが挙げられます。

柴田祥太以外の「家族」は、家族となるメリットがありました。

柴田初枝(樹木希林)、柴田治(リリー・フランキー)、柴田信代(安藤サクラ)はお互いの幼少期や家族関係での失敗をリセットするため。

柴田亜紀(松岡茉優)は妹・柴田さやかの誕生以来、居づらくなった本物の柴田家から逃げる隠れ蓑であり、両親から受けられない愛情を継祖母・柴田初枝(樹木希林)からもらっていました。

柴田凛(じゅり)も、本物の家族・北条家での虐待やネグレクトから救われることを望んでいました。

 

それに対して柴田祥太はパチンコ店の駐車場で置き去りにされていたところを、泥棒をしていた柴田治(リリー・フランキー)に発見されて誘拐された点で、エンディングを他の人間と区別することになったと考えられます。

凛(じゅり)の最後・その後の様子を解説・考察

家族の解散後、柴田凛は北条家に戻されて再び虐待を受ける生活を送らされることになります。

映画「万引き家族」のラストで外を眺める柴田凛(じゅり)が何かを呟いていたことが、その後の展開を予見するものなのか?はなんとも言えません。

ラストシーンで何かを呟く柴田凛(じゅり)が発した言葉は柴田治(リリー・フランキー)か柴田信代(安藤サクラ)を指したものと言えます。

あの場面が柴田祥太と柴田治(リリー・フランキー)のバス停での別れから間もない時間軸なのか、もう少し時間が経過しているのかははっきりわかりません。

柴田信代(安藤サクラ)が出所しているかどうかに関してはともかく、柴田信代(安藤サクラ)は母親として認めてもらえていなかったことを認識しています。

なので再び柴田凛(じゅり)を誘拐しようという気にはならないと考えられます。

 

悲惨な結末としては、柴田治(リリー・フランキー)が現れた可能性です。

柴田治(リリー・フランキー)はすでに柴田祥太との会話でただのおじさんに戻ることを宣言しています。

しかし是枝裕和監督が言明している通り、柴田治(リリー・フランキー)は成長しない人物として描かれています。

中途半端に柴田祥太の最後の言葉に希望を見出した柴田治(リリー・フランキー)が柴田凛(じゅり)の元に姿を現し、悲劇を繰り返そうとしていると考えられます。

そして、「2回目ならば失敗しない」保証はありません。

亜紀(さやか)の最後・その後の様子を解説・考察

映画「万引き家族」の柴田亜紀(松岡茉優)のラストシーンは、誰もいなくなった家族の家に戻り、扉を開けて眺めていました。

親の愛情に欠けて育ち、信じたものに裏切られてきた柴田亜紀(松岡茉優)にとって、自分自身が家族を崩壊させたという後悔とともに、自己防衛としてはつらつとした気持ちや達成感もそこにはあったでしょう。

 

柴田亜紀(松岡茉優)が家族の解散後にどのような暮らしを送っているのかは明かされていません。

普通に考えると本当の両親の元で暮らしていると考えられますが、柴田亜紀(松岡茉優)のことを改めて迎え入れるだけの余剰は両親のもとに残されていないでしょう。

祥太のように大人になる成長の機会を得るには年を取り過ぎており、そのための通過儀礼になってくれる人間が身近にはいません。

「亜紀」として愛されることに執着していることを踏まえると、常連客の「4番さん」に次なる真実の愛を求めて壊れていくしかないと言えます。

まとめ

・映画「万引き家族」の仮題「声を出して呼んで」とラストの意味は?

映画「万引き家族」は最初の映画のタイトルは「声を出して呼んで」というものでした。

・映画「万引き家族」ラスト最後で祥太のバスのセリフは何?

柴田治(リリー・フランキー)が「祥太」と答えていることや、仮題が「声を出して呼んで」であり、父親として子供に認められることを渇望していたことを踏まえると、祥太は「お父さん」や「父ちゃん」といった言葉を発したことがわかります。

・映画「万引き家族」ラスト最後で凛(じゅり)のセリフや意味は?

「家族だった誰か」を呼ぼうとしたことは確かですが、誰なのか?までは不明です。

・祥太の最後・その後の様子を解説・考察

柴田治(リリー・フランキー)のもろさ・弱さを受け入れて許すことによって柴田祥太は大人としての成長をすることができました。

・凛(じゅり)の最後・その後の様子を解説・考察

中途半端に柴田祥太の最後の言葉に希望を見出した柴田治(リリー・フランキー)が柴田凛(じゅり)の元に姿を現し、悲劇を繰り返そうとしていると考えられます。

・亜紀(さやか)の最後・その後の様子を解説・考察

「亜紀」として愛されることに執着していることを踏まえると、常連客の「4番さん」に次なる真実の愛を求めて壊れていくしかないと言えます。

 

いつもたくさんのコメントありがとうございます。他にも様々な情報がありましたら、またコメント欄に書いてくださるとうれしいです。

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シゲゾウ
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アラサーのエンタメ好き兄ちゃんデス。 教育関連の仕事に就いています。 エンターテイメントを肌で体感してあなたに新鮮な感動と興奮する情報をお届けします!!! やってみなきゃ分からない!をモットーに何にでも前のめりで挑戦していきます!!




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