映画「関ヶ原」は木村拓哉×二宮和也主演で話題にもなった「検察側の罪人」の原田眞人監督が司馬遼太郎原作の歴史小説「関ヶ原」を映画化した作品です。
あまりにも難解で歴史が頭に入っていない人には何を話しているのかも聞き取りづらい初見殺しな作品ですが、噛み砕いていけば楽しめる作品になっています。
今回は関ヶ原の戦いでは映画のように女忍者たちが活躍した史実はあり、実在したのか?
また伊賀忍者の技についてご紹介します。
映画「関ヶ原」女忍者の活躍は史実にも実在する?
映画「関ヶ原」は史実に基づいて作られた新たな関ヶ原の戦いの姿を作り上げた作品です。
あまり描かれることのなかった忍者たちの活躍は史実に基づいた実在する話なのでしょうか?
映画「関ヶ原」での女忍者たちの活躍とは?
映画「関ヶ原」には石田三成(岡田准一)に仕えた初芽(有村架純)の他に、徳川家康(役所広司)に仕えた蛇白・阿茶(伊藤静)などの関ヶ原の戦いに大きな役割を担った女忍者たちが登場します。
また、伊賀忍者の赤耳(中嶋しゅう)など多くの忍者も登場しています。
こうした女忍者たちは仕えていた石田三成(岡田准一)や徳川家康(役所広司)らにたいして、敵方の動きを伝えたり、情報漏洩の対策をしたり、茶の湯の技術を指導したり、相談役としてなど多岐にわたって活躍しています。
映画「関ヶ原」で目立ったのは関ヶ原の戦いが始まるまでの敵方の動きを発見して、どこで戦がはじまるのかを伝えたりする目としての働きです。
各地に散らばっている忍者たちの情報網を駆使して敵方がどこにいるかを特定したりというのは、当時の情報技術を考えるとこうした女忍者たちの活躍は当然の役割とも言えます。
三成や家康に仕えた忍者は史実にも実在する?
|
|
石田三成(岡田准一)に仕えた忍者が初芽(有村架純)のような女忍者だっという史実は今のところはなく、実在しなかったといえます。
しかし、徳川家康(役所広司)は映画「関ヶ原」の中でも語られている通り、忍者の動きに敏感であり、情報戦を制したものが戦に勝つことを分かっていました。
なので江戸幕府が成立して以降も忍者部隊を組織させたり、服部半蔵がその首領として活躍したことが史実に残されています。
女忍者が仕えて活躍していたか?は定かではありませんが、映画「関ヶ原」にあるように関ヶ原の戦いに大きな役割を担った忍者たちは実在したと言えます。
|
|
映画「関ヶ原」伊賀忍者・初芽のくノ一の技とは?
映画「関ヶ原」では初芽(有村架純)の役どころが淀殿に仕える次女から伊賀忍者に変更されています。
映画「関ヶ原」での初芽(有村架純)は三条河原の処刑のあと、石田三成(岡田准一)の屋敷で看病されたあと、犬として飼われることになります。
その際に石田三成(岡田准一)に対して、伊賀忍者としてできるくノ一の術を説明しています。
それは「忍び、火付け、物見、垂らし込み、触れ歩き」の5つです。
忍者と聞くと手裏剣やくさり鎌などのイメージがありますが、くノ一ということもあり、知能や女を生かした術です。
「忍び」とはまさに敵の城などに忍び込むことを指します。
「火付け」とは対立させたい二者間の間に諍いのタネを蒔いたり、扇動・動揺させることです。
「物見」は動向を探る、映画「関ヶ原」においては敵陣の偵察や発見が主に見られました。
「垂らし込み」は女として男を籠絡・誘惑して罠にかけるというものです。
「触れ歩き」とは民衆の間にあらぬ噂を流して周り、世論を動かすというものです。
忍者らしい術としては地味ですが、知能はで奉行職にあった石田三成(岡田准一)へのプレゼンテーションとしてはまさにうってつけと言えます。
まとめ
・映画「関ヶ原」での女忍者たちの活躍とは?
こうした女忍者たちは仕えていた石田三成(岡田准一)や徳川家康(役所広司)らにたいして、敵方の動きを伝えたり、情報漏洩の対策をしたり、茶の湯の技術を指導したり、相談役としてなど多岐にわたって活躍しています。
・三成や家康に仕えた忍者は史実にも実在する?
女忍者が仕えて活躍していたか?は定かではありませんが、映画「関ヶ原」にあるように関ヶ原の戦いに大きな役割を担った忍者たちは実在したと言えます。
・伊賀忍者・初芽のくノ一の術とは?
「忍び」とはまさに敵の城などに忍び込むことを指します。
「火付け」とは対立させたい二者間の間に諍いのタネを蒔いたり、扇動・動揺させることです。
「物見」は動向を探る、映画「関ヶ原」においては敵陣の偵察や発見が主に見られました。
「垂らし込み」は女として男を籠絡・誘惑して罠にかけるというものです。
「触れ歩き」とは民衆の間にあらぬ噂を流して周り、世論を動かすというものです。
いつもたくさんのコメントありがとうございます。他にも様々な情報がありましたら、またコメント欄に書いてくださるとうれしいです。