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ハンセン病の芸能人は誰?経歴や差別・回復者についても

ハンセン病患者の訴訟や家族訴訟が行われ、2019年7月にハンセン病家族訴訟に政府は控訴をしないことに決まったため、徐々に日本国内のハンセン病やそれに伴って被害や差別を受けてきた人たちの救済が進んでいます。

今回はハンセン病に感染した芸能人は誰なのか?経歴や差別、回復者について紹介していきます。




ハンセン病の芸能人は誰?

ハンセン病の芸能人には誰がいるのでしょうか?

ハンセン病とはどんな病気?

ハンセン病は中学校の公民などでは「らい病」という言葉で出てくることがある病気です。

「らい菌」に感染することで起きる病気で、紀元前2400年のエジプトや日本書紀にも登場するほど、人間の歴史上ずっとつきまとってきました。

ハンセン病になった人の見た目に現れる異常や感染することへの恐怖から世界各地でハンセン病患者やその家族に対してさまざまな差別が国を挙げて行われてきました。

ハンセン病はほとんどの人が免疫をすでに持っており、もともと感染力の弱い病気で特効薬も開発されている完治する病気です。

ハンセン病の患者数・発症者数の推移は?




国立感染症研究所によると、日本国内で新たにハンセン病を発症したという事例は年間で0〜1人で推移しています。

ハンセン病の元となるらい菌は非常に弱く、何年、何十年も発症までに時間がかかることが多く、感染者の免疫機能が低下することで初めて発症することがあります。

日本で新たに発症した事例も、70歳以上の高齢者がほとんどで、乳幼児期に感染していたものが免疫機能の低下によって発症したと考えられています。

2013 2014 2015 2016 2017
合計

ハンセン病の回復者とは?

ハンセン病が発症したものの、その後の治療によって完治した人たちのことを「ハンセン病回復者」と呼ぶことがあります。

療養所の入所している人のことを入所者、治療によって完治して療養所を退所した人を対処者、療養所には入所せずに治療によって完治した人を非入所者と呼び、これら3つを合わせた表現でもあります。

ハンセン病になった芸能人は誰?

ハンセン病は人類史とともに存在する病気であるため、有名な戦国武将たちにもハンセン病患者とされている人たちがいます。

加藤清正や大谷吉継(刑部)などもハンセン病だったと言われています。

 

ハンセン病にかかっていた芸能人として、いわゆる「テレビスターのような人たちはいたのか?」という問いに対してはいなかったと言えます。

その理由として、2つのことが挙げられます。

一つは1941年にアメリカの医師ガイ・ヘンリー・ファジェットによってプロミンという薬がハンセン病に効果があることが分かり、テレビ文化が一般に普及するころには治療法が確立されていったこと。

2つ目は「らい予防法」や「無らい県運動」によって、徹底的に日本国内のハンセン病患者は隔離施設に収容されるように国が主導・扇動したため、ハンセン病患者がテレビに出るような芸能人になることが許されない社会でした。

すでに治療法が確立されていたにも関わらず古来からの「感染する、気持ち悪い」といった偏見は今でも根強いものでもあります。

ハンセン病の芸能人の経歴や差別は?

ハンセン病にかかった芸能人として、作家や音楽家などといった芸能関係の職業に就いた人たちはいます。

何人かそうした人たちを紹介します。

近藤宏一:ハーモニカ奏者

近藤宏一は1927年に大阪府で生まれました。

10歳の頃にハンセン病を発症しました。

11歳で母が他界し大阪を離れ、ハンセン病療養所「長島愛生園」に入園します。

第2次世界大戦後に、療養所の赤痢病棟の介護にあたっていた際に赤痢にかかってしまいます。

療養所での生活で病状が収まりつつあったハンセン病が赤痢での体調悪化をきっかけに症状が悪化して失明してしまい、手足にも障害が出てしまいました。

そんな中、1953年に盲人の仲間たちと共に体が不自由であっても手を使わずに演奏できるハーモニカのバンド「青い鳥楽団」を結成し、団長となります。

2007年にはハンセン病を克服して社会に感動を与えた人に贈られるウェルズリー・ベイリー賞を受賞しています。

少年時代から晩年までを描いた著書「闇を光に――ハンセン病を生きて」があります。

伊波敏男:作家

伊波敏男は1943年に沖縄県で生まれました。

作家、人権教育家であり長野大学客員教授やNPO法人クリオン虹の基金理事長を務めています。

14歳の時に診断を受けてハンセン病が発覚します。

それまでにも手や足の異常、知覚の麻痺など自覚症状がありましたが父親がハンセン病だということを受け入れられなかったことや沖縄県は戦後、アメリカ軍の統治下であったことなどから医療環境が悪く、ハンセン病と診断されるまでに長期を要してしまいました。

沖縄県にあったハンセン病療養施設「愛楽園」に入所後、鹿児島県の国立療養所「星塚敬愛園」を経て、1961年に岡山県の「県立邑久高等学校新良田教室」に入学します。

その後、東京の中央労働学院で学び、社会福祉法人東京コロニーに入所しました。

沖縄県の「愛楽園」に入所後まもなく「関口進」という偽名を与えられ、伊波敏男という本名を奪われています。

また、療養所「愛楽園」と言っていますが離小島の隔離施設であり、その後の鹿児島への移動もアメリカ軍統治下の沖縄県から隠れるように移動せざるを得ない状態でした。

伊波敏男が作家となったことには、沖縄県の療養所「愛楽園」を訪れて唯一ハンセン病のことを「感染する病気、気持ち悪い」などといって忌避せずに握手をしてくれ、唾のかかる距離で話をしてくれた作家・川端康成との出会いが大きく関わっています。

 

この他にも作家・島比呂志や詩人・塔和子など幼少期や成人後にハンセン病が発症した人などさまざまいます。

まとめ

・ハンセン病とはどんな病気?

ハンセン病は中学校の公民などでは「らい病」という言葉で出てくることがある病気です。

・ハンセン病の患者数・発症者数の推移は?

国立感染症研究所によると、日本国内で新たにハンセン病を発症したという事例は年間で0〜1人で推移しています。

・ハンセン病の回復者とは?

ハンセン病が発症したものの、その後の治療によって完治した人たちのことを「ハンセン病回復者」と呼ぶことがあります。

・ハンセン病になった芸能人は誰?

ハンセン病にかかっていた芸能人として、いわゆる「テレビスターのような人たちはいたのか?」という問いに対してはいなかったと言えます。

・近藤宏一:ハーモニカ奏者

2007年にはハンセン病を克服して社会に感動を与えた人に贈られるウェルズリー・ベイリー賞を受賞しています。

・伊波敏男:作家

作家、人権教育家であり長野大学客員教授やNPO法人クリオン虹の基金理事長を務めています。

 

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シゲゾウ
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アラサーのエンタメ好き兄ちゃんデス。 教育関連の仕事に就いています。 エンターテイメントを肌で体感してあなたに新鮮な感動と興奮する情報をお届けします!!! やってみなきゃ分からない!をモットーに何にでも前のめりで挑戦していきます!!




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